「阪神・淡路大震災の現場から」大震災被災地との交流・報告会


96年11月14日,日本住宅会議沖縄会議主催,於沖縄・那覇市総合福祉センター


 「開会にあたって」(清水・沖縄大学)

 今日の主催は、日本住宅会議沖縄会議です。今回の経過は、神戸阪神地域で震災の復興支援のために現場で活動されている方々9名が、明日から開かれる日本科学者会議の総合学術会議出席のために沖縄においでになるということで、せっかくの機会ですのでお話を聴かせていただくことにしました。日本住宅会議は16年程前から住宅問題に関連する幅広い運動を全国レベルですすめているところです。当沖縄会議は、1年半前から自主的に活動しています。当初は会員も少なかったのですが、住宅問題に取り組もうという声がおこる中でメンバーも増えはじめ「長寿をささえる生活環境」というテーマで活動をはじめました。今日は「ふれあい福祉・医療ネットワーク」にも声をかけています。住宅会議はこのネットワークの住宅建築の応援舞台のような役割をしています。

 今日は、司会・進行もお任せしていますのでよろしくお願いいたします(司会・神戸商科大学木村・震災センター出口)。はじめに、4人の報告ののち質問の時間を確保しますので、質問などお出しください。最初に地震のビデオを見ていただいて報告に移りたいと思います。今年の1月にできた人間復興というビデオです。

 …ビデオ上映は参加者に改めて震災被害の大きさと二次災害ともいうべき行政の救済無対策ぶりが伝わったのではないでしょうか。

 …関東大震災から73年・国の対応は旧態依然だったが国民の援助活動は成熟した市民社会が育っていることを示した…との、個々の活動が特に印象的でした。


 報告1「阪神大震災とはどんな震災だったのか」(西川栄一)

 特徴を(1)地震そのもの、(2)被害、(3)対策の3つの面から報告します。地震の特徴は、神戸で被害の大きかったのは南側が海で北が六甲山という細長い地域で、直下型地震で激震地帯がベルト状に発生しました。激震とは震度も関係しますが被害の大きさで言ってます。今回の地震以後震度も見直すようになっていますが、震災前は建っている家の7割以上倒壊したら激震としていました。ベルト状の地域になぜあんな大きな地震動が起こったのか、専門的な調査がされています。余震が起こるなかセンサーを入れて調査し、地盤構造が大きく関係することがわかりました。いろんな方のシュミレーションでも地盤構造によって揺れ方が違うことがわかりました。このベルト地帯では地震動が増幅されて大きな被害を発生させたことが明らかになりました。今回の地震の一つの特徴は「地盤によって揺れ方が違う」ことです。これからの街づくりでは地盤調査が大事だと指摘されています。

 また、直下型地震で振動時間は11秒と短時間でした。地震の振動がどんな振幅でどな周波数であったのかは建物被害とつよく関係します。港湾に沢山の燃料・タンク類もあったのですが、不等沈下で傾いたものは多かったがタンクが破れて燃料やガスが流れでたという事故はありません。それは直下型地震で短時間に起こった振幅と周期が関係しています。多分別の地震なら違う被害がでたでしょう。特徴と被害の関係はいろんな解析はあるでしょうが大事なことです。津波はありません。冬の午前5時46分という季節と時間も被害と強い関係があります。ある現象を見てその対策だけを立てるのはまずいやりかたです。

 被害の特徴ですが、県の調査では被害額10兆円といいます。県の一般予算の6〜7年分にあたるほど大きな被害です。近代の大都市では、蓄積されてきたストックが総破壊され被害が膨大になるのが特徴です。ベルト地帯中心に家屋が破壊されました。家が壊れるということは決定的な打撃です。建てなおすにも莫大な資金が必要で特に高齢者の二人所帯では再起不能ともいうべき被害になります。経済的・社会的・年令的弱者に相対的に多くの被害がおこり、復興とか改築などほとんど困難な状況です。交通輸送機関も非常に大きな被害をうけました。東西交通はほとんどやられ一時はゼロになりました。そこで明らかになったことは「安普請」です。例えば、「港神戸」と呼ばれ神戸経済をささえ開発されてきた港湾施設が耐震構造になっていなかったことがわかりました。基本的な交通輸送施設の開発のありかたを問題提起しました。

 もう一つは「安全基準」です。住宅をはじめ鉄道や港湾など重要な構造物の安全水準の維持システムが曖昧で抜本的改正が大きな課題だと提起しました。

 対策の特徴は、直下型で厳しい被害をうけましたが、被害のエリアが限られていましたのでボランティアなど周りからの支援が受けやすかったと言えます。規模の大きなトラフ型などならもっと違ったでしょうが、被災地を少し離れると普通の生活なのです。また、水道・下水・ガス・電気などライフラインと呼ばれる生活に必要な手段も破壊されそれも困難を大きくしました。そういうものをいかに社会的施設に頼ってきたかを改めて実感したわけですが、大都市では生活のシステム化がどんどん進み個人ではどうにもなりません、対策も社会的に考えられなければならないと思います。

 資本主義といっても、現在の日本では、如何に所得をあげるか競争政策をとっています。そのために技術開発や生産力向上をすすめる、そうして技術が発達し生活が社会化している、その乖離が対策の根本です。システム化した都市で被害をうけた人の住宅再建にどう社会的な支援ができるか大きな課題だと思います。

 今回のような死者が千人を超える大きな地震はここ100年間で11回目です。もう少しレベルを下げて、かなりの被害を生じたというものは1年に1回程度起こっています。日本では災害は頻繁におこっていると見るべきで、危機管理の技術手段も考えられます。


 報告2「復興街づくりの課題」(塩崎賢明)

 今回の参加者は兵庫県震災復興研究センターのメンバーで、震災の被害と復興の問題にもっともアクティブに取り組んでいます。日本科学者会議と労働総研とが合体した稀なユニークな組織で、大学の先生や民間のコンサルタントの方が現実の中に入って現状と同時進行で研究しています。

 街づくりの課題の一番のポイントは全国の人から見ると「もう神戸の話は済んだんじゃないの?」とか「まだ仮設に住んでいる人がいるの?」とか特に東京で言われます復興はほとんど出来ていると勘違いされている向きが強い、マスコミから華々しい光の部分が全国発信されそうでない部分がとりあげられないまま徐々に忘れられつつある傾向ですが、本当はそうではない事を知っていただきたいと思います。それは、沖縄でも同じで基地問題はじめ沖縄の現状が全国の熱い注目を浴びましたがそのことも忘れてはいけない問題だと思います。

 震災から1年10ヵ月、港湾施設は水揚げは多くなくとも活動を再開し高速道路も全面開通する、一方で市民生活の面では多くの人の立直れない状況は続いています。

 復興街づくりの問題ですが、昨年6〜7月に兵庫県と神戸市が復興計画を発表しました。これがベースになっています。これは国の震災復興に取り組む枠組が間違っているということが根源にあるのですが、それを前提にしていますから、何でもかんでもプロジェクトを並べています。神戸市の場合1000件位を並べてなんでもいいから補助金がついたらやろう、となっています。被害がどうで、どう立ち上がっていくのかというプロセスを踏んで計画を組むようにはなっていません。国の省庁が金を付けやすいところにはどんどんつけるが、省庁間の縦割りで金のないところからは回ってこないということもあり、震災の大変さに対応した復興計画になっていないところが一番の問題だと思います。もう一つ、震災の教訓を踏まえた復興計画が必要だと思いますが、実は震災の教訓について書いている文書はなにもありません。地震の力も強かったですが被害はそれを上回ってひどかった。よく言われるように「自然力プラス人災」の面が強かったのです。直後にこうすれば…などきちんとした総括は行政ではできません。今だに明確になってないことが沢山あります。

 そういう状況の中で私が教訓として重要だと思っていることは、,弔禄斬靆簑蠅任構斬陲気┣れなければなんとかなったのです。住宅が壊滅的破壊を受けたことが被害を大きくしました。背景には、神戸には大きな地震はこないという科学的根拠に基づかない迷信で行政も業者も市民も動いていたなどあります。街の根幹は人の住む家がしっかりしていることです。行政はそういう政策を普段から持つことです。震災以後住宅の復興が一番重い問題になっています。被害プラス壊しすぎです。公費解体の宣伝で、13万戸以上の家を国の予算でやみくもに壊したのです。建築屋さんから見れば木造家屋ならちょっと引っ張って起して固めれば1〜2年大丈夫というものもあった訳ですが、とにかく壊して仮設に入ったらあと建てるにもお金も借りられないとか身動きとれない現状がたくさんあります。それから公共公益施設をしっかり造ることです。今回改めてわかったことは、福祉施設を適当な密度で街に配置することの大事さです。特別養護老人ホームなどをみどりとセットし、ある密度で街の中に造っておくことは被害を受けた時の粘りづよさに関係しますと、そういう施設は器材やプロの職員がいたりでケアー体制があります。つまり人間のことがよくわかっているのです反対に自衛隊は隊をつくって歩くだけ、命令があれば動くがそうでないと何にしません。そういうものよりも、医療器具がありケアーもできるセンター的なやわらかい公益施設を沢山つくる、中規模病院を身近につくることが配置問題では大事だと思います。自然破壊や不自然な都市開発はやめることでは、特に神戸で強調しなければいけないことは、神戸は山を削って海を埋め立てる開発をすすめ都市経営の模範として一部称賛びてきましたが、その都市が災害に弱かったし矛盾も露呈しました。

 哲学的な問題ですが「人間は自然を超えることはできない」と思いますのでどんなに強く街をつくったとしても、それを超える地震がこないともかぎりません。

 理想論かも知れませんが自然に即した都市・なるべく平凡な都市平凡に見えるけどいろんな機会のある都市、そういう都市を造ることが地震から学ぶものとして大事ではないかと思います。埋め立てをして超高層の住宅をつくるいきかたがいいのか、六甲山の地下にコンサートホールを造るとか地下街で人が死ななかったから地下街は安全といったり、復興計画では教訓の学び方がおかしいと思います。自然に逆らわない都市づくりが大事だと思っています。


 報告3「被害者の立ち直りの住まいの再建」(浅野弥三一)

 神戸の震災問題と沖縄は共通するという思いをもっています。6年前の雲仙普賢岳の復興にかかわっていた経験から、阪神大震災の発生の直後これの重要課題は住宅だと思いました。住宅の建て直りがどこまでできるかが復興の目安だと思いました。2年間、一貫して住宅・住宅・住宅ばかり言い続けてきました。

 「神戸は雲仙普賢岳に劣る」ということを敢えて申しあげたい。

全半壊した家は40戸です。それに対応する応急仮設住宅は4万8千戸です。これは12%です。仮設は工事現場の飯場より水準低くバス・トイレつきの2Kと1Kですそして、6人家族でも1人でも一般抽選で入れたのです。特に、高齢者や社会的弱者優先でやりました。しかも、六甲山の裏側に8割、旧市街地に2割の配置になりました。専門家のみなさんには災害救助法と敢えて申しあげますならば災害対策基本法の二つをきちんと押さえた対応をしていかなければいけないことを申しあげたい。

 普賢岳の場合の復興支援がうまくいったのは義援金があったから、あの場合は230数億円・一世帯で2千数百万円という割り当てでした。神戸の場合は40万戸の被害で義援金が1700億円ですから単純に割っても40万円しかなりません。雲仙では災害救助法もうまく適用できましたが、神戸の場合は救助法に書いてあることすらできないのです。救助法の実質的後退が根本問題です。沖縄でも台風や災害に備え災害救助法を活用することを念頭に置いてほしいと思います。

 48000戸の仮設、現在8000戸空き家です。現在でも入居希望があります、全部斡旋を打切り、来年春からは解体に入ります。統合解体の時期になりました。現在2万戸弱ですが、若い者は出ていきます。残っているのは7割が単身高齢者・夫婦高齢者で半分以上が1ヵ月4万弱の国民年金生活者です。光熱費など負担もあり仮設のごみには空いた酒びんとカップラーメンです。生野菜など買えるはずありません。

 それが2年ですから、持ち金も底をつき体力・気力も萎えています。生きる気力もなえ孤独死もでてきています。住宅に限ってみても半年で見通したてられるか否かのボーターラインになっています。

 一方、県は公営住宅を38000戸建設するといってます。ようやく8千戸の抽選があり、仮設の人が6割、仮設以外にいる20万人が4割という配分で決めました。仮設の内5千戸の方に、来年から再来年春にかけて入居のメドがたちました。

今回の分は市街地でしょうが、3万8千戸の内2万戸ぐらいは市街地に土地がありません。100haの土地生み出せるかの見通しは暗いのです。それでも、3万8千戸です。共同建築補助とか家賃補助政策などの公的支援措置のとれる住宅も入れて約7万戸です。42万世帯の内、公的住宅の計画があるのが7万戸です。あとは自力です。この数字がいいのか議論のあるところですが、敢えて問題提起しますと島原の場合とは雲泥の差です。島原では1000戸壊れましたが県と市あわせ公的住宅8割です。そこに至る住宅でも県独自政策がとられました。被災者と直接対面していろんな対策がたてられてきたと思います。阪神大震災の場合、被災の量の大きさだけで金がないといいますが、その分行政組織も大きい訳だから被災者の実態に直面した解決策を見いだしていかなければとても短期に家が戻ることはありません。

 ちなみに、去年1年の建築確認は4万件です。今年3万件として、自力再建できる人はおそらく10万世帯程度です。のこり20万はどこにいくか、いま兵庫県外にでている人は約5万世帯です。府県外にいる人と県内の人との差もこれから顕在化する問題です。市民として生きる権利・土台がとりあえずどこに住んだかで歴然とでる、これは極めて根源的な問題です。災害救助法も活用すればかなりの事ができます、しかし、国との関係で県は「しません、しません…」といってきました。住宅の場合、応急修理制度が災害救助法にあります。30万支給できますが、これは事務次官通達ですから、現状対応で金額をあげることもできました。公費解体でどんどん潰しましたが惜しいことです。住宅の修理は大学でも教えていないことも問題でした。

 最後に、義援金1700億円の内の900億円を使って救助法に基づく応急修理費30万円をだしているのです。ここが雲仙普賢岳とは大きな違いです。救助法をきちんと施行させる!神戸の教訓の第一はこれだと思います。救助法と災害対策法という今ある制度すら活用できないしくみが、阪神大震災のいろんな問題をだしてきたと敢えて問題提起します。


 報告4「被災地の生活と人間復興」(菊本義治)

 被災地で焦点になっている論点の2つだけいいます。1つは、被害は解決せずむしろ増え続けている。これに対し、公的な助成や個人が自力再建していく上での個人保障を認めるのかどうか、これが最大の論点です。政府は 、今の社会では個人の財産に対して公的助成をすることはできないとずーと突っぱねてまいりました。それに対して私たちは公的助成はぜひとも必要だと考えています。その理由は、被害が大きく個人の力で解決できないこと、また、憲法25条には個人の生活権や生存権が保障されていることにより公的助成は必要だと考えています。また、災害というものはいつ起こるかわかりません。私も神戸に地震がくるなど思ってもいませんでした。大事なことは当然、安全防災に力を入れることと、災害が起こった時に人間として生活を立直らせる保障をつくることが必要で、そういう事のために税金を使っているということが大事な論点です。

 もう一つの論点は、私たち人間の値打ち・社会保障の水準が問われていることです浅野さんの話にもありましたが、雲仙普賢岳や奥尻では義援金を使って約1千万円の保障がされました。阪神間では数10万です。これは我々の運動の力が弱くて人間の値打ちを何十分の1かに落としたことになります。今公的助成と生活再建をしていくことは人間の価値と社会保障の水準を高めることを問われているといえます。

 政府はかたくなに認めないのですが、保険医協会という組織が中心になって前衆議院議員と参議院議員の過半数が個人保障を認めるところになりました。今回の衆議院選挙でも候補者の全てが約束しています。政治のこの口約束を実現させることが私たちの役割だと考えています。もう一つ、重要なことは失業と営業の困難さです。このような経済面と震災被害からもどう復興するかが課題になっています。これついては従前通りの大規模開発をし大企業や外国資本を誘致してそれによって復興しようという考えかたがありますが、結論からいうとこれは現在では実現難しいしよくない。多くの大企業は外国への移転をすすめています。きてもらうには優遇政策が必要です、となると環境破壊や自治体財政の赤字が一層すすみます。そういう方向ではなく住民本位の復興が重要だと思っています。それは何かというと、1つは住民自らが意志決定することです。内容面では福祉を基本に据えることだと思います。福祉とは、生活を良くすることです。社会保障の水準を引き上げることも、医療・介護の充実も当然福祉に入ります。同時に、快適で安全な住宅を造ることも大事です。街の構造も高齢者やこども・ハンディキャップを持つ人たちが安心して歩けて活動できる町構造でないかぎり福祉のすすんだ社会とはいえません。環境も豊かで文化的にもすぐれている生活全体を豊かなものにするのが福祉で、そのために戦後50年間あくせくと働いて日本の経済をここまで大きくしてきました。その力は福祉の方向にもっていくべきで軍事より平和・基地より基地のない暮らしをつくることでしょう。

 福祉とは、誰かハンディーのある人のための施策ではなくみんなの生活を良くすることが福祉だと、それはこれからの花形なんだ、そのために大きなエネルギーと労力がいる、それをみんなで実現しないと復興にならないということを訴えています。


討論

Q(5月に大阪から沖縄に戻ってきた都市計画コンサルタントの信玄さん)「住宅被害は木造・瓦葺きに大きかったと聞きましたが、文化住宅など低所得者層の住宅はそのあとどう復興に向かいつつあるか。区画整理や再開発事業など公共事業の実現化していないと聞く。そこには、これまでの都市行政のあり方や住民とのコンセンサスがとれていないことに問題がある。その時、行政の人間はどういう行動をしているのか、住民の側にも合意形成など問題もあると思うが」

A(浅野)「木賃住宅は、焼けたところや全半壊したところの40%はそういうものです。1戸建てでも古いものは壊れました。築後30〜50年のものの大半ははっきり申しあげて潰れました。多少地盤によって残ったものもあります。これがどうなっているか、区画整理再開発の法定事業区域内のものと、それ以外のもので様相が違います。共通する事ではそういう物件は1回2回は相続遺産を経過していることです。特に、神戸西の兵庫・長田・須磨と神戸東の中央区・東灘では違います。東は相続がすんで割と単純で自分の土地に自分でアパート経営している人が多いですが、西は自分の土地に他人が建てて借家にしている。借家人が借家権を売っている。その借家権を買った人がまた他人に貸してている。土地の場合は、西のケミカルや鉄工関係の事業では、土地物件が銀行の担保になっています。震災後つなぎ資金として500万とか2千万とか借りたものが生活資金に回ってしまった。それも食い潰している中で来年から返済が始まります。土地整理が課題です。私流にいうと地下2階地上3階の権利関係を誰がほどけるか、が事業区域の中でも外でも問題です。区域内では行政が買収をしますが、単純な買収が成り立たない状況です。権利者も売りたいけど売れない状態もあります。弁護士もこれで走っています。整理したくてもできない、土地だけではなく、人間関係でも縦横に広がり、在日の方も含めて複雑で、これがインナーエリアの特徴です。

 事業では、区画整理事業では概ね事業計画決定の段階を経たところ、行政が指導的にすすめるが、地元のまとまりとそうでないところで進捗は違う。いろんなタイプがあり、須磨の千歳地区と尼崎の築地地区は千所帯くらいまとまっております。はっきり申し上げてこの二つ以外はバラバラです。これから個別の利害がでてきますので事業化がすすむにつれ視界も狭くなり、協議会の中、協議会間の意見の違いが顕在化してきます。

 再開発事業については、計画決定された。どんどんすすむが買収できるか、受皿をどうするか見通したっていません。まだゾーニングの段階です。元居たところに戻りたいということから損したくないが、はっきり申し上げて協議会の中の状況です。大事なことは地元が100人でも200人でもしっかりまとまることです。少ない人間で決めたことで引っ張っていくなんてできない訳です。」

A(塩崎)「都市計画決定の手続きがまずくて幾つかの地区で今だに尾を引いています。住民の側にも問題はあると思うが、地震の被害と手続きのまずさがありました。都市計画は平時でもそんなに簡単にいかないものなのに、生活基盤がなくなっている時の知らん間に決定されてきて、それやれ、やれやれ、言われてもそう簡単に決められないのが当たり前です。徐々に疲れてますから、合意形成が行政との間だけでなく住民の中でもしんどくなっている局面があります。制度問題では補助金などの要件の緩和されていますがまだまだ基本的な枠組みが変わらず早く合意してやれというにはしんどい状況です。コンサルタント専門家が中立的な立場で働ける環境をつくっていないので、だいたいの場合は行政の仕事として実務的に入ってくる人が多い。協議会も旧来の自治会のお偉らさんの協議会幹部と市の幹部と雇われたコンサルタントが集まって決めている状況です。従って県外にいる人、遠い仮設にいる人など、末端住民には、どこで何が決まっているのかわからないままに事業計画がすすんでいます。事業がすすむにつれ「いつそんな事がきまったんだ」なんてことが起こると予測できます。」

Q「40万戸の住宅に住んでいた人の勤務先・事業者からの援助はあったのか。住宅の被害戸数の大きさにも驚きですが、企業の被害はどうなっていますか、とりわけ中小零細企業の場合は。災害発生時に行政代行のできるしくみがあればいいということを聞いたがそんな可能性はありますか」

A(菊本)「企業の援助については、全てを包括し掌握している訳ではありませんし、企業の規模によっても違います。大企業とか港湾関係は結構助成しておりそういう中で脱出した人もいます。要に問題はそういう手を差し伸べられない企業が問題です。表にも書きましたが年収300万以下が70%、100万以下が30%、ここが問題です。大きな組織にいる人はそれなりです。中小企業は大変、神戸で有名なケミカルや小さな鉄工場はなどは仮設店舗や共同店舗をしたり努力している方もありますが、それも大変です。丁度神戸港の企業アンケートはじめたところですが、12月から1月にかけて補助金がきれますから中小零細は大変です。店舗関係で大変なのは人が外へでている事です。商売再開しても買う人がいない。今は融資には猶予期間ありともかく借りて商売再開する、それが生活資金になっていく状況もあります。また、鉄鋼大手の大企業は住宅会社に政府からの融資を受けて転換した。大手スーパーは24時間オープンで進出している。置かれた状況で自立できる人、逆にうまく利用する人、どうにもならん人と明暗わかれている。」

(浅野)「代行事務は、救助関係はできない。厚生省の中で災害救助制度研究会が去年から動いています。その中にボランティア関係とかある。情報発信とかボランティアとかの問題でしょう。」

(発言)「大阪では被害はなかった。その場合に遠隔地からの援助できるシステムがいるとの問題意識だったと思います」

(浅野)「市町村間の災害支援協定とか、被災物資の保管義務など部分的なもの」

(菊本)「事務代行には問題がおこる。しかし、できることはある、積み立て金制度がありそれを融通しあうとかはできる。事務代行とか決定ということになると決定権は重要ですから。地方自治体同志では考えられません、特に、例えば大阪市と神戸市は仲が悪いのです。神戸市はこれまでのことで反感かっていた。神戸に落ちた被害回復のお金を大阪にもっていく。」

(西川)「現地で言うと物理的支援は欲しい。それはたくさん入ってきた。司令下に入って司令の仕事をすることはたくさんあった。機関委任事務のにする意味はわかり難いですね」

(浅野)「今元気なのは建設産業です。はっきり言って大阪からは入ってきにくい。大阪からは灘まで、人と材料の輸送が大変ですから。公営住宅の発注の大半は兵庫県内でうけています。が、職人が足らないので大阪から呼んで寝泊りさせますので建設単価が上がっています。民間事業者の立ちあがりもまだまだ。ケミカルも半分も戻っていない。その最大の理由は輸入です。東南アジアからの安い輸入品でやられています。半分も戻らない状態です。当然リストラがやられます。もう一つ大変なのはサービス関係が立ち上がれません。人がいません。夜に人がいないですからうどん屋さんや寿司屋さんは電気代も払えません。元に戻しても生きていけるか否かも検討課題です。外からみておられる方の知的サポートがいただきたいと思います」

(藤永)「大阪にもたくさんの被災者の方がおられます。大阪自治体問題研究所の発行する『大阪の住民と自治』という機関誌で300世帯の仮設を取材されたのですが、兵庫県からの働きかけも3ヵ月に1回の訪問があるだけ、それ以外はなんにもない。半分位の方が住所を大阪へ移しているそうです。穴があいたようになっています。大阪もあちこちにあるので大阪の運動として調査していこうと言ってます。要望がいっぱいだされたらしいのです。聞いてくれる人がいないし持っていくところもない、選挙広報くらいは来るけど細かい情報はこない。ほとんど高齢者でほっとかれへん状態のようです。大阪府下にどれほどいらっしゃるかどこが掴んでるかわからへん。大阪府もわからないらしい。となりから大事な人預かっといて何もわからへん大阪府はないと怒っています。」

Q「兵庫県の神戸出身です。仮設住宅を再来年3月に解体と聞きましか公営住宅に移ったあと家賃などうなるのか。テント生活者は今どうしているのか?」

A(浅野)「解体のために復興公共住宅を建設しています。平成10年に全部解体する予定です。国との約束でこれも1年きざみで延長しています。その場合には仮設同志の移転なども起こりまたトラブリます。仮設住宅はガタガタです松杭の上にプレハブ乗せている訳ですからこの冬は隙間風をダンボールあてて止めている状態です。家賃は所得に応じて最低6000円にしました。最大は2万ちょっとです所得制限も家族の総所得500未満としました。公営住宅法の特例として下げました。テント生活者は約2百人、自力再建の力をもっているけどお金がない人たちです」

(塩崎)「仮設の解体計画はいいません。公営住宅に移るにはグループ入居させて欲しいというのが仮設の人の要求です」

(出口)「今年は東京で震災の交流集会を千代田区で開催します。首都東京で情報発信していきたいと考えています。」


 閉会あいさつ

「今日の交流が本決まりになりましたのが3週間前でした。もう少したくさんの方と聞きたかったという思いをしています。私たちは沖縄の痛みを知れと運動をすすめてきましたが、神戸の痛みを知ることをさぼってきたのではないかと思いました。それがまた、沖縄の糧にもなると思いました。これを機会に交流を深め情報交換できることになれば幸いです。今日はほんとうにありがとうございました。」


註:記録・テープおこしは藤永のぶよさん(おおさか市民ネットワーク代表)によるものです。尚、ホームページ用にレアウトを一部変更し、また敬称を省略させていただきました。