救援・復興兵庫県民会議ニュース

 

                第95号                   2001年6月15日

 

被災地合同61名

政府交渉・国会要請行動

署名50,000筆提出

 6月1日(金)、阪神・淡路大震災被災者、北潅道有珠山噴火被災者、東京三宅島「雄山」噴火被災者、東海豪雨水害被災者、広島、愛媛の芸予地震被災者など各地から61名が参加し、一緒に生活・住宅再建への公的支擾の拡充を求めて、国会請願と政府交渉を行いました。

 兵庫県からは被災者ネットワーク、ひょうご福祉ネットワーク、母親連絡会などから9名が参加しました。兵庫から持参した署名約10,000など合計49,038筆の署名を、参議院災害対策特別委員20名に生活実態を訴えるとともに紹介議員要請を行い、自民党、民主党、共産党、自由党、社民党、無所属などの紹介で参議院に提出しました。

 また、衆議院にも藤木洋子(日本共産党)北川れん子(社民党)の紹介で同様の署名を提出しました。

 午後からは、各被災地から持ち寄った要求をもとに参加者が共同して、内閣府、厚生労働省、国土建設省、文部科学省交渉を行いました。国土交通省と厚生労働省交渉には大沢辰美参議院議員(日本共産党)が同席されました。

 いま、全国で署名がすすめられており、秋にも各被災地が共同して政府交渉や国会請願を行う計画です。引き続き「署名」にご協力下さい。

 

 国連社会権規約委員会へ3名の代表団派遣◎

 今夏、8月13白からスイスのジュネーブで行われる「国連社会権規約委員会」に、復興兵庫県民会議は合志至誠代表委員、畦布和隆世話人、安田秋成被災者ネットワーク代表世話人の3氏を派遣します。

 この社会権親約委員会では、阪神・淡路大震災被災者支援・「居住の権利」問題の審議も予定されており、すでに4月20日に岩田伸彦事務局次長をジュネーブに派遣し事前要請を行いました。さらに8月13日から3名を、ジュネーブに派遣して実態を訴え、日本政府へ被災者支援策の「是正勧告」を求めていきます。

 国内の運動にとどまらず国連にも貧弱な被災者支援問題を提起して住宅再建への公的支援実現を求める運動をすすめています。(裏面に4月に持参した要請文書を掲載しています)

  派遣費用カンパにもご協力をお願いいたします。

 

 

 

 「災害援護資金返済問題」

  相談会のご案内日程

 阪神・淡路大震災救援・復興県民会議では、昨年8月から毎月1回、これまで10回Iの「災害援護資金返済問題」無料相談会を行っています。参加された方からは、「1人での申請では、とてもこのようにはいかなかった」、「やっと見通しがたち、元気になりました」など数多くの感謝のことばをいただいています。

 

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場所 こうべ市民福祉交流センター

6月25日(月)303号室13:30〜

7月25日(水)403号室13:30〜

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●持参する物

 災害援護資金返済に関する袖戸市から送られている資料、当日、申請される場合は、申請証書類に本人の「印鑑」と連帯保証人の実印(あるいは押印したもの)が必要です。

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問合せ先

阪神・淡路大震災救援・復興兵庫県民会議

TEL 078−371−4560

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「県政の私物化」貝原兵庫県知事の辞任劇

 6月12日(火)の兵庫県議会で、貝原俊民県知事は「復興の道筋がついた」などの理由を挙げて辞任を正式に表明しました。

 しかし、実態は震災復興に名を借りた大型開発、ゼネコン、箱物中心の復興施策の行き詰まりであり、6年余が経過しても被災者の生活再建はすすまず、地域潅済は沈滞したままで浮上せず、失政に頬かぶりをした任務放棄です。

 その本心は、自分の意に添う人を後継者にするために、他の陣営や県政刷新に意欲ある人が立侯補出来ないように、その時期を十分に計算し尽くした「県政を私物化する」極めて陰湿なやり方です。

 今度の知事選挙は、被災者や県民の声が届く県政を実現しましょう。

 

 

阪神・淡路大震災被災者の

居住の権利が踏みにじられています

阪神・淡路大震災救援・復興兵庫県民会議

 

1.日本政府は住宅再建を拒否し、被災者を苦しめています。

 日本政府は、「住宅の公共性」を認めず、住宅は自助努力による個人資産と位置づけ、住宅再建への公的支援は「個人資産の形成になる」と拒否し続けています。

 大震災発生直後に、村山富市首相は、「個人補償は資本主義国である我が国の制度になじまない」と、被災者への公的支緩を拒否し、今日に至っています。

 アメリカはノースリッジ地震被災者に2万2千ドル(日本円換算約250万円)を支給し、台湾政府も台湾大地震被災者に同様の措置を直ちに請じました。

 また、昨年10月に発生した鳥取県西部地震被災者に、鳥取県知事は「公的支援をしなければ被災者も地域も守れない」と、鳥取県独自の施策として被災者の住宅再建に300万円の公的支援を行いました。

 日本列島は自然災害が相次いでいますが、住宅を個人資産としか見ない日本政府の誤った考えで、多<の被災者が住宅再建の困難に直面しています。

 

2.避難所は劣悪な設備と食事で、多くの生命が奪われました。

 住居を失った人々が過ごした避難所は、極寒の時期ながら暖房もなく、コンクリートの床の上で雑魚寝、換気も全く不十分で、段差のある建物など、設備環境は極めて悪<多くの避難者を苦しめました。

 避難所は絶対数が不足しており、どこの避難所も内部は遇密状態で、出入りもままならない状態でした。そのために、移動が困難な高齢者や障害者などは、最も条件の悪い出入口で過ごさざるを得ず、寒さなどで健康を害しました。

 トイレが屋外にあるところなどでは、排出を控えるために高齢者、病弱者、障害者、女性などは食事、水分摂取を制限し健康を損ね、持病の悪化、死に至るケースが続出しました。

 設備の悪さに加えて劣悪な食事内容で、高齢者、病弱者に限らず、健康だった人も含めて健康を損ねていきました。

 

3.仮設住宅は被災者収容所ともいわれ、多くの悲劇を作り出しました。

 仮設住宅は4万8千戸建設されましたが、絶対数が不足の上に、多くは住み慣れた地域から遠く離れた場所に建設されました。

 そのために、働けなくなる、学枚に通えない、通い憤れた医療機関にかかれない、近くに医療機関もない、買い物をするところもない、役所、郵便局など公共施設もないなど、生活環境が激変しました。

 建物は長屋づ<りで、屋根はトタン板、間仕切りはべニヤ板で音は避断できす、冬は室内に寒風が絶え間なく人り込み、夏は屋根のトタン板を太陽熟で焼かれ、室内でも40℃に違するなど、劣悪な住環境でした。

 入居に当たっては抽選方式がとられたために、友人、知人とはバラバラにされ、永年培って来た人間関係や生活環境は壊されました。

 初期には高齢者、障害者など優先的に入居させながら、そのためのケア体制、連絡体制など、公的な特別の体制や方法などは取られませんでした。そのために、死後6力月超過し「ミイラ化」した死体が発見されるなど、「弧独死」は253名に及ぶなど悲惨な事態が続出しました。

 

4.無謀な都市計画決定棚で、住宅再建とまちづくりは遅れています。

 被災直後の3月、兵庫県下15ヵ所、約240ヘクタールを、震災復興の区画整理、再開発事業として都市計画決定を行いました。

 これは新たな街づくりとして、大型道路や大型公園などを設置するもので、このために、住民は土地の部分的な取り上げにとどまらず、住宅や店舗再建にも制限がかけられるものです。

 この計画を知った被災者は、計画の白紙撤回、あるいは決定延期を求め、その意見書は4,000通に達しましたが、都市計画決定を強行しました。

 そのために、その後のまちづくりは住民合意がなかなか得られず、今も自分の土地に家を建てることが出来ない、あるいは、今も仮設店舗での営業を強いられるなど、まちの復興は遅れ、いまなお更地のままのところが多くあります。

 

5.県外避難者は見捨てられ、いまなお、住みなれたまちに帰れません。

 被災者の避難先など、本来、行政が行うべき調査を−切行いませんでした。避難所も仮設住宅も数量が圧倒的に不足したために、そこに入れなかった被災者は、親戚、友人、知人を頼って10数万人とも言われる被災者が県外に避難しました。

 日本政府は的確な指導を行わず、正確な実態をつかもうとしなかったために、県外等へ避難したすべての人々に対して、必要な、住宅に関する情報などが提供されませんでした。

 そのために、住み慣れたもとのまちに帰りたい希望を持ちながらも、帰れない多くの避難者が存在しています。

 

 

 以上は、大震災後の被災者の居住の権利を巡る状況の一端です。

 被災者の居住の権利の確保、とりわけ住宅再建支援制度が早急につ<られるよう、日本政府に勧告してください。

この文書は、4月に国連社会権規約委員会の18名の

委員にお渡しして要請しました。