阪神・淡路大震災の教訓を杉並に生かすために

岩崎 健一(東京・杉並を考える会)


「安全で安心して住める杉並を考える集い」(97年1月17日,杉並区阿佐ヶ谷・産業商工会館)挨拶

1、震災は、いまも続いている

 震災から2年、政府は「順調な回復」との認識だ。年末、神戸で見たのは「復興の二極化」〜産業基盤の目ざましい復興と被災者の生存と生活基盤の復興がないがしろにされていること〜その象徴が再び騒音・大気汚染を発生させて全線開通した高速道路そして三宮に絢爛と輝くルミナリエの大イルミネーション、これと対照的な真っ暗な暗闇のつづく広い更地とゲットーのような応急仮設住宅群、いまもなお後をたたない孤独死である。震災はいまも続いているー孤独死は被災者の生活再建をかえりみない政府にたいする無言のプロテストである。

2、「ガレキの隙間から今の日本の政治が見える」(ジャーナリスト・大谷明宏氏)

 三度目の冬に厳しい生活を強いられ、将来の見通しもたたない被災者の直面する現実は、開発優先で国民の暮らし、安全のための施策を犠牲にしてきた戦後50年の日本の政治の集中的表現である。

 あの関東大震災2周年に柳田国男は「朝日」社説で書いている。「二十何万のバラックに夜は電灯を点じても、粉飾し得たる所は僅かに低き前面のみであって離々たる空地の雑草を除くの外、何物も根を生じて繁栄せんとするものはなく、首都の文明人は二年の間、土くれ石くれの間に仮初の日を送っていたのである」「今日の如き大惨害にも、人事の不完全に起因する部分が、甚だ多かったことを認めながら、未だこれが対策の講ぜられたことを聞かず」と国の責任を追及している。

 75年後のいまの「阪神」の現実と瓜二つだ。しかし、明治憲法下とは天地の違いがある。政府は憲法25条とこの理念を敷衍した災害救助法にもとづき被災者の生存権を保障する責務が存する。被災者のたたかいと世論にさらされて政府はようやく公営住宅家賃の低減化や低所得高齢者世帯に月1-2万円などきわめて限定的な支援策をまとめたが、年齢や所得など受給資格をきびしく制限するもので、あくまで社会政策的な恩恵的給付で、国民の権利・生存権として位置付けていない。これは、かつて風早八十二が日本的社会政策の特徴と指摘した治安維持対策的発想と結びついた前近代的慈恵的救済思想と共通するものだ。

 被災者の自力で立ち直るための基盤づくりのため、国による公的支援をもとめる要求にたいする国の拒否の態度にたいして、被災者はどう回答したか。神戸新聞取締役・論説顧問の三木康弘氏は都主催の「国際防災シンポジウム」で「秋の総選挙の後、兵庫県では、参議院の補欠選挙があったが、6党が相乗りした元副知事の候補者は、震災復興被災者支援を訴えたにもかかわらず、危うく共産党の候補に負けそうな接戦となった。

 政治や行政の震災復興施策に対する被災地の不信感が現れている」と的確に指摘した。

3、いま、杉並でわれわれが考えなければならないこと

 (1)危険の存在の認識の自覚、最悪の事態に備える防災まちづくり観を区民・行政・専門家の共通の土台に据える

 〔阿部レジメ/東京は地震から逃れることはできない、南関東地域の直下地震は「ある程度の切迫性を有している」こと、西田レジメ/東京の都市構造は神戸と比較して地震にたいして一層脆弱であること。「これまでの東京の震災対策を謙虚に見直すことは焦眉の急」(阿部)〜たとえば、消防士数・公園の実体等(西田)〕

 (2)二次的対応中心の考え方から、なによりも「人的被害ゼロ」を優先した考え方に転換をはかる

 杉並区の防災計画は、依然として関東大震災を元にした建物の倒壊と一定の類焼を前提し広範な延焼だけは防止するとした遮断帯でどの大規模土木事業。阪神・淡路大震災の教訓から最優先課題は建物の倒壊防止対策〔B級ポンプの地域配備消防力強化〕

 (3)「防災まちづくり」とは「安心して住みつづけられるまちづくり」である

 杉並区のまちづくり基本方針は、「防災道路」を改めて位置づけているが住民生活の安心と安全のための空間とは相反するのではないか。〔木造住宅密集地域の防災整備事業も、取り壊し・建て替えによる再開発方式でなく、まちの歴史と伝統、古い建物と都市空間を尊重し、いま住む住民が暮らしながら少しでも改善・補強する方式を採用すべきだ。例えば、すぐに拡幅困難の狭隘道路の下に地下水槽をつくる等〕

 (4)住民参加を基本に、地域を土台にまちづくり計画にとりくむ

 「杉並区地域防災計画」の策定にも、防災まちづくりにも住民参加はない。都市計画マスタープランも実体は形式的「参加」。住民参加なしに防災とまちづくりの実はあがらないことは「阪神」の教訓〔新宿区の基本構想は基本理念にあらたに「ともに考え、創るまち」をつけ加えた。情報の公開をすすめて、区まちづくり条例を制定し、区民が参加・提案・共同できる「安全で安心して住める杉並区まちづくり区民会議」を設ける。また、地域の特性にもとづく地域ごとの総点検とまちづくり計画を住民参加ですすめる。そのために住民の自主的組織の活動への支援策を講ずる〕

 (5)国・都・区の防災・安全・観測、福祉・医療部門の拡充強化

4、個人補償・公的支援は全国民の共同・共通の緊急課題

 日本は災害頻発列島であり、しかも、地震の活動期に入っている現在、全国どこでもいつでも地震災害がおこる危険が存在する。「阪神」の問題は「明日はわが身」の問題である。個人補償・公的支援実現のための決定的条件は被災地だけでなく全国的な世論と運動の拡がりである。1月20日からの国会が正念場である。政府と国会にむけて、災害救助法にもとづく生業資金給付とあわせ、生活再建支援法の制定をめざす署名運動がとりくまれている。

 また、区議会が国にたいして個人補償・公的支援をもとめる意見書を提出するよう請願・陳情もだされている。

 5、今年は憲法施行そして地方自治法公布および災害救助法制定、いずれも50周年の節目である。また、杉並区初の新居格民主区政誕生50周年の年でもある。

 この年の年頭にあたって、あらためて戦後民主主義の原点に確固として立って国民の生存権を現実化するために力を結集することがもとめられている。

 杉並区民であった哲学者の三木清は治安維持法の犠牲となったが、故郷・兵庫県竜野市に建てられた記念碑には著書の一節が刻印されている。

 「今日、愛については誰でも語っている。誰が怒について真剣に語ろうとするのであるか。怒の意味を忘れてただ愛についてのみ語るということは今日の人間が無性格であるということのしるしである。切に義人を思う。義人とは何か、怒ることを知れるものである。神の怒はいつあらわれるのであるか、―正義の蹂躪された時である。怒りの神は正義の神である。」

 主権者・住民こそ正義の神、義人であることをしめさなければなりません。

 「つどい」が、よい討論の場になることをねがって挨拶とします。

注―〔 〕内は時間の関係で省略、また、この他でも簡略にした部分あり。

以上